れたことを腹立てていた。ロシア人を殺させるために、日本人を運んできてやったのだ。そして彼等はロシア人だ!
「人をぺてんにかけやがった! 畜生!」
 彼等は、暫らく行くと、急に速力を早めた。そして最大の速力で、銃弾の射程距離外に出てしまった。
 そこで、つるすことを禁じられていた鈴をポケットから出して馬につけ、のんきに、快く橇を駆った。
 今までポケットで休んでいた鈴は、さわやかに、馬の背でリンリン鳴った。
 馬は、鼻から蒸気を吐いた。そして、はてしない雪の曠野を、遠くへ走り去った。
 殺し合いをしている兵士の群は、後方の地平線上に、次第に小さく、小さくうごめいていた。そして、ついには蟻のようになり、とうとう眼界から消えてしまった。

       九

 雪の曠野は、大洋のようにはてしがなかった。
 山が雪に包まれて遠くに存在している。しかし、行っても行っても、その山は同じ大きさで、同じ位置に据《すわ》っていた。少しも近くはならないように見えた。人家もなかった。番人小屋もなかった。嘴《くちばし》の白い烏もとんでいなかった。
 そこを、コンパスとスクリューを失った難破船のように、大隊がふ
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