つづけて馬に鞭をあてた。
 どうして、あんなに易々《やすやす》と人間を殺し得るのだろう! どうして、あの男が殺されなければならないのだろう! そんなにまでしてロシア人と戦争をしなければならないのか!
 彼は、一方では、色白の男がどうなったか、それが気にかかっていた。――やられたか、どうなったか……。でも殺される場景を目撃するのはたまらなかった。
 暫らく馳せて、イワンは、もうどっちにか片がついただろうと思いながら、振りかえった。さきの男は、なお雪の上を馳せていた。雪は深かった。膝頭《ひざがしら》まで脚がずりこんでいた。それを無理やりに、両手であがきながら、足をかわしていた。
 その男は、悲鳴をあげ、罵《ののし》った。
 イワンは、それ以上見ていられなかった。やりきれないことだ。だが無情に殺してしまうだろう。彼は馬の方へむき直った。と、その時、後方で、豆がはぜるような発射の音がした。しかし、彼は、あとへ振りかえらなかった。それに堪えなかったのだ。
「日本人って奴は、まるで狂犬だ。馬鹿な奴だ!」

       八

 馭者達は、兵士がおりると、ゆるゆる後方へ引っかえした。皆な商人にだまさ
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