長は怒って唇をふくらましていた。そこから十間ほど距《へだた》って、背後に、一人の将校が膝をついて、銃を射撃の姿勢にかまえ兵卒をねらっていた。それはこちらからこそ見えるが、兵卒には見えないだろう。不意打を喰わすのだ。イワンは人の悪いことをやっていると思った。
大隊長が三四歩あとすざって、合図に手をあげた。
将校の銃のさきから、パッと煙が出た。すると、色の浅黒い男は、丸太を倒すようにパタリと雪の上に倒れた。それと同時に、豆をはぜらすような音がイワンの耳にはいって来た。
再び、将校の銃先《つつさき》から、煙が出た。今度は弱々しそうな頬骨の尖《とが》っている、血痰を咯いている男が倒れた。
それまでおとなしく立っていた、物事に敏感な顔つきをしている兵卒が、突然、何か叫びながら、帽子をぬぎ棄てて前の方へ馳せだした。その男もたしか将校と云いあっていた一人だった。
イワンは、恐ろしく、肌が慄《ふる》えるのを感じた。そして、馬の方へ向き直り、鞭をあてて早くその近くから逃げ去ってしまおうとした。馳せだした男が――その男は色が白かった――どうなるか、彼は、それを振りかえって見るに堪えなかった。彼は
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