シア人は、戦争をする意志を失っていた。彼等は銃をさげて、危険のない方へ逃げていた。
 弾丸がシュッ、シュッ! と彼等が行くさきへ執念《しゅうね》くつきまとって流れて来た。
「くたびれた。」
「休戦を申込む方法はないか。」
「そんなことをしてみろ、そのすきに皆殺しになるばかりだ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
 フョードル・リープスキーという爺さんは、二人の子供をつれて逃げていた。兄は十二だった。弟は九ツだった。弟は疲れて、防寒靴を雪に喰い取られないばかりに足を引きずっていた。親子は次第におくれた。
「パパ、おなかがすいた。……パン。」
「どうして、こんな小さいのを雪の中へつれて来るんだ。」あとから追いこして行く者がたずねた。
「誰《だ》あれも面倒を見てくれる者がないんだ。」
 リープスキーは、悲しそうに顔を曲げた。
「家内は?」
「五年も前になくなったよ。家内の弟があったんだが、それも去年なくなった。――食うものがないのがいけないんだ!」
 彼は袋の底をさぐって、黒パンを一と切れ息子に出してやった。
 弟は、小さい手袋に這入った自由のきかない手で、それを受取ろうとした。と、その時、リープス
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