キーは、何か呻《うめ》いて、パンを持ったまま雪の上に倒れてしまった。
「パパ」
「やられたんだ!」
 傍を逃げて行く者が云った。
「パパ」
 十二歳の兄は、がっしりした、百姓上りらしい父親の頸を持って起き上らそうとした。
「パパ」
 また弾丸がとんできた。
 弟にあたった。血が白い雪の上にあふれた。

       六

 間もなく、父子が倒れているところへ日本の兵隊がやって来た。
「どこまで追っかけろって云うんだ。」
「腹がへった。」
「おい、休もうじゃないか。」
 彼等も戦争にはあきていた。勝ったところで自分達には何にもならないことだ。それに戦争は、体力と精神力とを急行列車のように消耗させる。
 胸が悪い木村は、咳をし、息を切らしながら、銃を引きずってあとからついて来た。
 表面だけ固《かたま》っている雪が、人の重みでくずれ、靴がずしずしめりこんだ。足をかわすたびに、雪に靴を取られそうだった。
「あ――あ、くたびれた。」
 木村は血のまじった痰を咯《は》いた。
「君はもう引っかえしたらどうだ。」
「くたびれて動けないくらいだ。」
「橇で引っかえせよ。」吉原が云った。
「そうする方が
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