かりを食っていなければならなかった。家の鶏が産む卵だけでは足りなくって、おしかは近所へ買いに行った。端界《はざかい》に相場が出るのを見越して持っていた僅かばかりの米も、半ばは食ってしまった。それでもおしかは十月の初めに清三が健康を恢復して上京するのを見送ると、自分が助かったような思いでほっとした。もう来年の三月まで待てばいいのである。負債も何も清三が仕末をしてくれる。……
為吉が六十で、おしかは五十四だった。両人は多年の労苦に老い疲れていた。山も田も抵当に入り、借金の利子は彼等を絶えず追っかけてきた。最後に残してあった屋敷と、附近の畑まで、清三の病気のために書き入れなければならなくなった。
清三は卒業前に就職口が決定する筈だった。両人は、息子からの知らせが来るのを楽しみに待っていた。大きな会社にはいるのだろうと彼等はまだ見ぬ東京のことを想像して話しあった。そのうちに、両人も東京へ行けるかも知れない。
三月半ばのある日、おしかは夕飯の仕度に為吉よりも一と足さきに畑から帰った。すると上り口の障子の破れから投げ込まれた息子の手紙があった。彼女は早速封を切った。おしかは、文字が読めなかっ
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