た。浅草の観音もさほど有がたいとは思われなかった。せわしく往き来する人や車を両人はぼんやり立って見ていた。頭がぐらぐらして倒れそうな気がした。
「じいさん、うら[#「うら」に傍点]腹が減ったがいの。」と、ばあさんは迷い迷って、人ごみの中をようよう公園の方へぬけて来て云った。
「そんならなんぞ食うか。」
「うら[#「うら」に傍点]あ鮨が食うてみたいんじゃ。」
 両人は鮨屋を探して歩いた。
「ここらの鮨は高いんじゃないかしらん。」ようよう鮨屋を探しあてると両人はのれんをくゞるのをためらった。
「ひょっと銭が足らなんだら困るのう。」
「弁当を持って来たらえいんじゃった。」
「もう、よしにしとこうか。」ばあさんは慾しい鮨もよう食わずに、また人ごみの中をぼそぼそ歩いた。そして公園の隅で「八ツ十銭」の札を立てている焼き饅頭を買って、やっと空腹を医した。
「下駄は足がだるい。」
「やっぱり草履の方がなんぼ歩きえいか知れん。」
 両人はそんな述懐をしながら、またとぼとぼ歩いた。
 帰りには道に迷った。歩きくたびれた上にも歩いてやっと家の方向が分った。
「お帰りなさいまし。」園子が玄関へ出てきた。
 両
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