人は上ろうとして、下駄をぬぎかけると、そこには靴と立派な畳表の女下駄とが並べてあった。――園子の親達が来ているのだった。
 予備大佐はむっつりとものを云う重々しい感じの、田舎では一寸見たことのない人だった。奥さんは一見して、しっかり者だった。言葉使いがはきはきしていた。初対面の時、じいさんとばあさんとは、相手の七むずかしい口上に、どう応酬していゝか途方に暮れ、たゞ「ヘエ/\」と頭ばかり下げていた。それ以来両人は大佐を鬼門のように恐れていた。
 またしても、むずかしい挨拶をさせられた。両人は固くなって、ぺこ/\頭を下げた。
「おなかがすいたでしょう。」坐敷を立ちしなに園子が云った。
「ヘエ、いえ、大事ござんせん。」
 両人は、やっと自分達の四畳半に這い込んだ。
「うら[#「うら」に傍点]あ腹が減ったがいの。」とばあさんは隣室へ聞えないように声をひそませながら云った。
「あゝ、シンドかったな。」
 じいさんはぐったりしていた。それだのに両人は隣室にいる大佐に気がねして、長く横たわることもよくせずにちぢこまっていた。
「お前、腹がへりゃせんかよ?」
「へらいじゃ、たった焼饅頭四ツ食うただけじ
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