二人で行く方が安気でえいわい。」ある日じいさんはこう云い出した。
「道に迷やせんじゃろうかの。」
「なんぼ広い東京じゃとて問うて行きゃ、どこいじゃって行けんことはないわいや。」
 そして、ある朝早く、両人は出かけた。
「お前等両人でどこへ行けるもんか。」出かけしなに清三は不安らしく止めた。
「いゝや、大事ない、うら[#「うら」に傍点]等二人で行くんじゃ」とじいさんは云った。
「今日行かんとて、いつか俺が連れて行てあげる。」
「いゝや、うら等両人で行こうわ。」
 清三は老父の心持を察して何か気の毒になったらしく、止めさせるような言葉を挟み挟み、浅草へ行く道順を話をし、停留場まで一緒に行って電車にのせてやった。
 じいさんとばあさんとは、大きな建物や沢山の人出や、罪人のような風をした女や、眼がまうように行き来する自動車や電車を見た。しかし、それはちっとも面白くもなければ、いゝこともなかった。田舎の秋のお祭りに、太鼓を舁《かつ》いだり、幟《のぼり》をさしたり、一張羅の着物を着てマチへ出る村の人々は、何等か興味をそゝって話の種になったものだが、東京の街で見るものは彼等にとって全く縁遠いものだっ
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