を植えりゃえい。」
「草花をかいや。」じいさんは一向気乗りがしなかった。
「草花を植えたって、つまりは土を遊ばすようなもんじゃ。」
彼は腰を折られて土いじりもしなくなった。それでも汚穢屋《おあいや》が来ると、
「こっちの者は自分のしたチョウズまで銭を出して汲んで貰うんじゃ。……勿体ないこっちゃ。」と繰り返した。「肥タゴが有れゃうら[#「うら」に傍点]が汲んでやるんじゃがな。」
汚穢屋の肥桶を見ても彼は田舎で畑へ肥桶をもって行っていたことを思い出しているのだった。青い麦がずん/\伸び上って来るのを見て楽んでいたことを思い出しているのだった。
やがて桜の時が来た。じいさんとばあさんとは、ぶっくり綿の入った田舎の木綿縞をぬいだ。
「温《ぬ》くうなって歩きよいせに、ちっと東京見物にでも連れて行って貰おういの。」
「うむ。今度の日曜にでも連れて行って貰うか。」
「日光や善光寺さんイ連れて行ってくれりゃえいんじゃがのう。」
「それよりぁ、うらあ浅草の観音さんへ参りたいんじゃ。……東京イ来てもう五十日からになるのに、まだ天子さんのお通りになる橋も拝見に行っとらんのじゃないけ。」
両人は所在な
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