三

 学校を出て三年たつと、清三は東京で家を持った。会社に関係のある予備陸軍大佐の娘を妻に貰った。
 為吉とおしかは、もうじいさん、ばあさんと呼ばれていいように年が寄っていた。野良仕事にも、夜なべにも昔日のように精が出なくなった。
 債鬼のために、先祖伝来の田地を取られた時にも、おしかはもう愚痴をこぼさなかった。清三は卒業後、両人があてにしていた程の金を儲けもしなければ、送ってくれもしなかった。が、おしかは不服も云わなかった。やはり、息子が今にえらくなるのをあてにして待っていた。
 それから一年ばかりたって、両人は田舎を引き払って東京へ行くことになった。
 村の百姓達は為吉を羨しがった。一生村にくすぶって、毎年同じように麦を苅ったり、炎天の下で田の草を取ったりするのは楽なことではなかった。谷間の地は痩せて、一倍の苦労をしながら、収穫はどればもなかった。村民は老いて墓穴に入るまで、がつ/\鍬を手にして働かねばならなかった。それよりは都会へ行って、ラクに米の飯を食って暮す方がどれだけいゝかしれない。
 両人は、田舎に執着を持っていなかった。使い慣れた古道具や、襤褸《ぼろ》や、貯
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