艦の浮游が報じられてある。独歩は、それについて何等の説明も附してはいないし、或は気がつかなかったかもしれないが、今日からかえり見て想像を附加すると、既に戦後の三国干渉に到る関係が、その時から現れていたようで興味が深い。
 独歩の眼に士官階級以上しか映じなかったより以上に、徳富蘆花の「不如帰」にはそれ以上、大将や中将や男爵等が主として書かれている。独歩はブルジョア的であるが、蘆花は封建的色彩がより色濃い。蘆花自身人道主義者で、クリスチャンだったが、東郷大将や乃木大将を崇拝していた。
「不如帰」には、日清戦争が背景となっている。そして、多くの上級の軍人が描かれている。黄海の海戦の描写もある。しかし、出てくる軍人も戦争の状景も、通俗小説のそれで、ひどく真実味に乏しい。それに、この一篇の主題は戦争ではなく浪子の悲劇にある。だから、ここで戦争文学として取扱うことは至当ではないが、たゞこれが当時の多くの大衆に愛誦された理由が、浪子の悲劇だけでなく、軍人がその中に書かれ、戦争が背景に取り入れられ、戦時気分に満たされていたことに存在するのを注意しなければならない。それが軍事的傾向の横溢した日清戦争から
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