堕落させるとしている。将校は営外に居住し得、妻帯し得るのに対して、下士以下兵卒は兵営に居住しなければならないし、妻を持ち得ない生活条件から、そういう結果になっていた簡単な事実が、独歩には気がつかなかったものらしい。戦死負傷についても、彼は年少士官のそれに最も多く心を動かした。多年の苦学と、前途の希望が中断されるというのがその理由である。そこにも、支配階級の立場と、当時の進取的な、いわゆる立身成功を企図したブルジョアイデオロギーの反映がある。
「愛弟通信」を読み終って、これが、新聞への通信ということに制約されたにもよるのだろうが、戦闘ばかりでなく、戦闘から戦闘への間の無為にすごすその間のこと、陸上との関係、占領した旅順や大連の風物、偵察等を書きながら、しかも、単純で、喰い足りない印象を受ける。士官の立場から物を見て書いたのでも、トルストイの「セバストポール」は、はるかに、清新に、戦争と状景が躍動して、恐ろしく深く印象に刻みつけられる。日清戦争に際して、背後の労働者階級と貧農がどんな風であったかは、この「愛弟通信」から求められ得ないが、国際的な関係の現れとしての北支那海に於ける英仏独露の軍
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