た。
 肩のさきをピストルでやられていたが、彼は、それよりさきに、大男のメリケン兵を三人ぶち斬っていた。
 中尉は下顎骨の張った、獰猛な、癇癪持ちらしい顔をしていた。傷口が痛そうな振りもせず、とっておきの壁の青い別室に坐りこんでいた。その眼は、頭蓋骨の真中へ向けられ、何か一つの事にすべての注意を奪われている恰好だった。
 やったのは、ロシア人の客間だ。そういう話だった。そこで、アメリカ兵は、将校より、もっと達者なロシア語を使って、娘と家族の会話を彼の方から横取りした。中尉は、癇癪玉をちく/\刺戟された。が、メリケン兵をやっつけるとあとからもんちゃくが起る。アメリカ兵は、やっつけられて泣き寝入りに怺《こら》えるロシア人や支那人のような奴ではない。それを知っていた。で、そのまゝ何気なく帰ろうとして、外套に手を通しながら、ちょっとテーブルの方を見た。と、そこに、新しい手の切れるような札束があった。競争に負けたジャップには鐚《びた》一文だって有りゃしないんだろう。――テーブルに向って腰かけたメリケン兵の眼には彼への軽蔑があった。
「それゃ、どこの札だね?」
 彼は、片方の腕を通しさしで、手を天
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