井に突き上げたまま、テーブルに近づいた。
「お前のもんじゃないよ。」
 顔の細長いメリケン兵が横から英語で口を出した。も一人の方は、大きな手で束から二三枚を抜いてロシア人にやっていた。その手つきが、また見せつけんばかりに勿体振っていた。
「それゃ、偽札じゃないか!」
 彼は、剣吊りに軍刀をつろうとして、それを手に持っていた。
「でも、この通り、ちゃんと通用するんだよ。」メリケン兵は、また札を二三枚抜いてパチパチ指ではじいて見せた。
 彼は背に火がついたような焦燥を感じた。そして、心で日本刀の味を知れ! と呟いた。
 ――入院患者をつれてきた上等兵の話はそういうことだった。
 ついすると、ロシアの娘は、中尉がさきに手をつけていた、その女だったかも知れなかった。
「ほう、そいつは、俺も加勢するんだった。いつかは、そんなことになると思うとったんだ。」橇の上からピストルを放したメリケン兵のロシア語は、まだ栗本の耳にまざまざと残っていた。「眼のこ玉から火が出る程やっつけてやるといいんだ!」
 けれども青い別室の将校は、
「おれは中尉だ。兵卒とは違うんだ! 将校だ! それがどうして露助に分らんのだ
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