だがなア。」小山は繰りかえした。「あいつらが逃げて来るようじゃ、こゝが陥落するのも、もう時間の問題だ。」
 その時、向う側のアカシヤの並木の通りで、ブローニングの音が一発して、誰れかが、乱雑な白露兵の列を横切って、こちらへとぶように走り出してきた。つゞいて、もう一発、銃声がした。山崎と、小山は、思わず立止まって、はっとした。逃げる男が二人の方へ突進してくる。従って銃口も二人が立っている方向へむけられている。と、瞬間に感じた。
 疲憊《ひはい》しきった白露兵は、銃声にも無関心だった。振りむきもしなかった。
 突進して来る男は、すぐ二人の前に来た。山崎は、眼のさきへ来た時、それが、陳長財《チンチャンツァイ》だと気づいた。
「なに、まご/\してるんだ。馬鹿野郎!」彼は、いまいましげに怒鳴った。
「何をしてやがったんだい、今までも!」
 が陳は、敏捷に山崎の前をとびぬけて、猿のように、家と家との間の狭い、暗いろじ[#「ろじ」に傍点]へもぐりこんでしまった。
「馬鹿野郎! 本当に仕様のない奴だ! 畜生!」
「知ってる奴でしゅか?」
 小山は訊いた。
「あいつですか、あいつは、手におえん奴ですよ。
前へ 次へ
全246ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング