跛をひくような蹄《ひづめ》の音がひびいた。跛の数は多い。
「そら、やってきだひた。やってきだひた。」
 と、小山は云った。そして音響のくる方へ歩きだした。
 やがて、何分間かたつと、せいのひくい、毛並のきたない、支那馬にまたがった白露兵がぐったりして、長靴を、地上に引きずりそうに、だらりと垂れて、薄暗い街燈の光の中に姿を現わした。
「こいつら、支那兵よりゃ、よっぽど強い手あいなんだがなア。」
 小山は惜しげに云った。
 馬を乗り斃してしまった連中は、跛を引きながら、脚をひきずっていた。それは、とぎれ、とぎれに、遠く、駅前通りの方にまでつゞいていた。途中でどっかへまぎれこんでしまった者もあると云う。
 月給の不渡りと、食糧の欠乏と、張宗昌の無理強いの戦闘に、却って戦意を失ってしまった。彼等は、泰山を越して逃げ帰った連中だ。そのうちの一部だ。塩を喰わされた蛭《ひる》のようだった。へと/\で、考えることも、観察することも、軍刀を握りしめる力もすっかり失って、たゞ惰性的に歩いている。立ち止まったら、もう、そのまゝそこでへたばってしまいそうだ。
「こいつらは、支那兵よりゃ、よっぽど強い手あいなん
前へ 次へ
全246ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング