同胞が、粒粒辛苦の余に開拓したる経済的基礎を擁護し、発展し、確保することは、当然と云わねばならぬ。」(同上書三十一頁より三十二頁)
 山崎は、勿論、こういうことは知り悉《つく》していた。そこへのアメリカの策動が、どんな意味を持っているか、それは日本人なら、云わずとも、すぐ神経にピリッと来る筈だ。
 彼は、同僚を出し抜こうと野心した。
 こういうことは、もう本になって出ていることだ。誰れにでもしれ渡っていることだ。しかし、この土地に於ける、もっと具体的な事実については誰れも知る者がなかった。そして、それが重要なことだ。
 彼は、最近中津から手に入れた支那人の陳長財《チンチャンツァイ》を使って、そこへもぐりこもうと計画していた。

     一三

 夜は暗くなってきた。
 人の通りは疎《まば》らになった。
 しかし、この星がきらきら瞬いている夜空の下の一角で、騒がしい乱が行われている。その騒音がどこからともなく、空気を泳いで伝わって来た。
 山崎は、アカシヤの葉がのび、白い藤のような花がなまめかしく匂う通りを、気|慌《ぜわ》しげに往き来した。彼は、不機嫌だった。不機嫌なのは、一緒に出かけ
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