る筈の陳がまだ帰ってこないからだ。
アカシヤの樹の下には、カギをつけた長い竹竿で、子供達が、白い藤のような花を薄暗い街燈にすかして、もぎ取ろうと肩が凝るほど首を上に向けきっていた。その子供達は、よう/\垂れだした花を昼間から、夜にかけてあさっていた。彼等は、その花をむしり取って食べるのだ。
枝がカギにひっかけられて、ポキンと折れていた。
「枝まで、折っちまっちゃア、駄目じゃないか!」
ひもじい子供たちは、花を食って、おなかをこしらえる。
「お、おい、山崎(しゃき)さん!」
幾分びっくりした叫声に、ほかのことを考えていた山崎は、ぎくっとした。洋車をとめると、福隆火柴《フールンホサイ》の小山がおりてきた。工場内で、工人を慄えあがらし、えらばっている小山は、通りへ出ると顎が落ちて、燐くさく、芯が頼りなげに、ひょろ/\していた。
「山東軍は散々な敗北でしゅよ。」小山は、サシスセソがはっきり云えなかった。骨壊疽《こつえそ》で義歯を支えていた犬歯が抜け落ち、下顎の門歯がとれてしまったのだ。「あの勇敢なコシャック騎兵までが逃げてきまひた。」
他人事でないという小山の意気込み方である。
「こ
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