帰るまで、あいつは、何もほかのものは見てやしませんよ。すゞと、俊ばっかし、顔に孔があく程見つめに見ているんですよ。――俺れゃ、ちゃんと知っとる。」
「それには、私も気がついています。」母が内気に口を出した。
「それ、そうでしょう。きっと、あいつ気があるんですよ。」
「馬鹿、――五十三にもなって、人間が、自分の子供のような娘をどう思うもんか。」
「でも、男は、年がよる程、若い娘がよくなるという話じゃありませんか。それに、あの人は、まだ独身者ですよ。」
「馬鹿、馬鹿! 何てお前ら、邪推深いんだね。――中津は俺のえゝ朋輩だぞ。俺れゃ、あいつの気心をようくのみこんどる。あいつは、そんな義理にそむいた、見っともないことをやらかす男じゃないよ。」親爺は四五年前から中津を知っていた。
だが、幹太郎の疑問は誤っていなかった。
チンバがやって来ると、おかしがって、家の中をはねとんでいたすゞ[#「すゞ」に傍点]が、門の外から王《ワン》を呼ぶ中津の巾《はば》のある押しつけるような声に、耳の根まで真紅に染め、どこかへ逃げかくれだした。
中津の視線は、鋭く、燃えさかっていた。その視線に出会すと二十のすゞ[
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