毛虫か稲子が頭をちぎられた位にしか感動を受けていない。
たゞ、囚人をのせてきた俥夫だけは、不吉げに悄れこんでいた。三つの洋車は、ぽそぽそと喇叭《ラッパ》もならさず、人ごみの中を引いて行かれた。俥夫は、強制的に狩り出された。一度罪人を運ぶと、一生涯運気が上がらない。そういう迷信があった。丁度、内地の船頭が土左衛門を舟に積むのを忌み嫌うように。それで悄れきっているのだ。
「こいつに見せちゃいけねえ、見せちゃいけねえ! おい、見せちゃいけねえ!」
ふと、三台の洋車とすれちがいに、又、三台の洋車が、刑場を目がけて全力で突進して来た。前の俥から、三十がらみの纏足の女がころげるように跳びおりると、無二無三に群集の垣に突き入った。そのあとから、狼狽した百姓が、女に追いすがって引き戻そうと争った。
「こいつに見せちゃいけねえ! こいつに見せちゃいけねえ!」
百姓は懸命な声を出した。
女は何かヒステリックに叫んで、大声をあげて泣き喚《わめ》き、群集をかき分けて、屍体の方へ近づこうとするのだった。
百姓は、五十歳すぎの老人だ。彼は大またに、かまんが[#「かまんが」に傍点]脚をかわしながら、両手を
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