空骸となって横たわっていた。
 取りまく群集の間からは、纏足の黒い女房がちょか/\と走り出た。二三人も走り出た。男もまじっていた。それからはにや/\笑いながら、皮をむいた饅頭を、長い箸のさきに突きさして持っていた。士官と兵士達が去りかけた頃である。死体に近づくと、彼女達は斬られて縮少した切り口に、あわてて、その皮むきの饅頭を押しあてた。饅頭には餡が這入っていなかった。それは見る/\流出する血を吸い取って、ゆでた伊勢蝦《いせえび》のように紅くなった。
「やってる、やってる。」と山崎は笑った。「いつまでたっても支那人は、迷信のこりかたまりなんだからな。」
 中津はあたりまえだよ、というような顔をした。
「張大人だって、ちょい/\あいつを食ってるんだぞ。」
「第十何夫人連中も喰うかね?」
「勿論、食うさ。あいつが無病息災の薬だちゅうんだから。」
「張大人は野蛮だからよ……さぞ、内地の人間が見たら、おったまげるこったろうな。」
 群集はなお笑ったり、さゞめいたりしていた。彼等は、三人の人間が殺されたと感じてもいないようだった。犬か猫かが殺されたとさえ感じないようだ。幹太郎は、そう感じた。それは
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