鉄の鎖が、錆びた音色で鳴った。囚徒は動かなかった。
群集は、けしき[#「けしき」に傍点]ばんでどよめいた。
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ソウ リウユチエ プル
シュエ テイ ユーピンテン
チュンチュ シチュネン
カイン シュエ タ トンチェン
チャン ペイ ハイ ピエン
…………
[#ここで字下げ終わり]
ふと、幹太郎は、やけッぱちな、蘇武の歌を耳にした。子供でもしょっちゅう歌っている耳なれた軍歌だった。見ると、デボチンの土匪が、唇をひん曲げて口ずさんでいた。
「あいつ、あの眉楼頭《メイロートー》(デボチン)なか/\、図太いやつだな!」
彼の傍で、一人の若い支那人が、憎々しげに呟いた。
「……まだ、歌ってやがら。そら、まだ歌ってやがら。」
しかし、幹太郎は、その時、日本人として漢詩を習った時のような感情にとらわれた。瞬間、彼は、ひどく淋しい感情に打たれた。一番最後に歌った意味は、『老母は愛児の帰りを待ちわび、紅粧の新妻淋しく空閨《くうけい》を守る。』というようなものである。
――恐らくあのデボチンは、農村に育って、歴山から吹きおろす南風に、その歌を、幼時から歌いなれたものだろ
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