がちゃがちゃ鳴った。
 ただ、三番日の酔っぱらいだけは、全く正気を失っているものの如く、ぐにゃ/\の頭は、洋車の泥よけにコツコツぶつかっていた。
「あの酔っぱらいはどうなるかな。」と幹太郎は思った。「酔っぱらったまゝでぱっさりとやられゃ、本人は却ってらくでいゝかな。」
 兵士は群集を追いのけた。俥夫は梶棒をおろした。
 三番日の囚徒は、ふと、頭をあげた。よだれのように酒がだら/\流れ出る土色の唇が、ぴりぴりッと顫えて引きしまった。そして眼は、人の山を見た。死んだ魚の眼のようだ。
「やりやがれ! 怖かねえぞ! やりやがれ!」
 彼はうつゝのようにむにゃ/\呟いた。言葉は、群集のどよめきに消されてしまった。
 さん/″\駄々をこねて砲台牌をくわえさして貰った真中のデボチンは、三分の一ほど吸った吸いがらを、俥から、傍の保安隊士の頭上に吐きすてた。火のついた吸いがらは、帽子から、辷って襟首に落ちた。
「おやッ、つッ、つッ! つッ!」
 若い保安隊士は、びっくりして、とび上った。
 デボチンは、皮肉げに、意地悪げに、空にうそぶいていた。
「畜生!」
 三人は俥から引きずりおろされた。足枷についた
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