た。実際、誰かが戸を叩いていたのだ。
 母が咳払いをした。そして、ぼそ/\起きて、戸口へ行くのを彼は感じた。戸は、また叩かれた。
 支那人が立っているようだった。母は、誰であるか、疑念と同時に用心しい/\細目にあけてのぞいた。それからぴしゃりと閉して帰ってきた。
「今頃、電報が来たが。」
「誰からです?」幹太郎は半身を起した。
「さあ、……一寸見ておくれ。」
 彼は、頭の上にスイッチをひねった。母が寝巻で、そう寒くはない筈だのに慄えていた。
「今頃に何だろう?」
『スズサン、リヨウジカンケイサツニコウリユウセラル、ドナタカスグゴライセイヲコウ――ハナカワヤ』
「おや、すゞがあげられた。」
 母は、ばたりと畳の上にへたばった。子守台の上で寝ていた一郎が、物音に驚いて頭を動かした。
「今日、やっぱし日光丸で着いたんだな。上陸ししなに税関で見つかったんだ。」
 母はカメレオンのように、真ッ蒼になってしまった。
「あんまり、さい/\持って来さすせに、税関で顔を見覚えられとったんだよ。こりゃ。」

     八

 幹太郎が青島《チンタオ》まで出むいて行かなけりゃならなかった。彼はすゞの身を案じ
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