ツ/\と頭を打った。
親爺は、村のはずれの船橋を渡ると馬車に乗った。馭者の両脇の曇ったガラスの中のローソクは、ゆら/\とゆれていた。
「さよなら! さよなら!」
幹太郎は長いこと寝つかれなかった。
――あれから親爺の転落が始まったのだ。あんなことさえなかったら、俺等だって、支那へなんか来てやしないのだ! 彼はやはり、いつかは内地へ帰ってしまいたい希望を捨てなかった。腐った奴等に叩き落されて、リン[#「リン」に傍点]落して行く、彼等もその中の一人だった。どこでも大きなものに媚《こ》びへつらう、卑屈な奴等がうまくやって行くのだ! 彼は長いこと寝つかれなかった。
犬が根気強く吠えていた。黄風《ホワンフォン》は轟々と空高く唸った。彼は、でくの坊のように、骨ばった親爺が、ひょく/\と日本建ての家の中を歩いている夢を見ていた。親爺は、何か厚い帳簿を持って廊下へ出た。廊下には戸がたてゝある。親爺は、薄暗い廊下で、脚が引きつるものゝようにひょくひょくした。そのひょうしに、かたい頭が、はげしく戸板にぶつかった。ガタン/\という音がした。すっかり内地における出来事だ。
幹太郎は、ふと、眼がさめ
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