密なかくし場所だ。「いっそ、すゞに、南軍がこっちへやって来るか来んかはっきりするまで、内地に居るように手紙を出したらどうだろう。あれだって可哀そうだもの。」
「ええ」幹太郎が一寸考えた。「しかし今から手紙出したって間に合わんでしょう。……ひょっと、日光丸に乗っとるとしたら、今日あたり入港しとる日ぐりだから。」
「そうかしら。」
 親爺は、かなり久しく赤毛布の上でまどろんでいた。ぶ厚い、すず黒い、唇からは、だらしなげによだれが、だらだら毛布にたれた。これは、恍惚状態に入った時、いつも現われる現象だ。
「お休み! お休み! ゆっくりお休み!」俊は、その父を指さして、おきゃんな声を出した。
 この時、一寸でもその、まどろみの邪魔をすると、父は、火がついたような狂暴性を発揮する。幹太郎も、母も黙って、大きな音さえ立てぬように努力した。
 親爺の皮膚は、薄黒く、また黄色ッぽく、白血球は、薬のために抵抗力を失って、まるで棺桶に半脚突ッこんだ病人のように気息|奄々《えんえん》としていた。
「お休み! お休み! ゆっくりお休み!」
 やがて親爺は死ぬだろうと、幹太郎は思った。自分では、滅亡へと急ぎつゝ
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