と、幹太郎は言った。「抽出しへは鍵をかけとかなけゃ!」
 第三号に侵され切った、竹三郎は、もうそんなことに神経が行き届かなくなってしまった。快い薬の匂いが体中に浸みこんでくる。彼は、毛のすり切れた、そして、いくらか、白らけた赤毛布の上に高い枕で横たわって、とけるように、まどろんだ。たゞ、自分の恍惚状態を夢のようにむさぼるばかりだ。ほかの一切にかゝずらわなかった。
 幹太郎は、俊が歩かして来た一郎を抱き上げた。
「こないだ、土匪が三人、捕まったんだってよ。」
「じゃ、また、さらし頸ね。」
 俊は嬉しげに笑った。彼女は徳川時代に於けるような、この野蛮なやり方に興味を持っていた。
「ところが、その土匪の一人は、もと愧樹《クワイシェ》の兵営に居った山東兵の中士だそうだよ。そいつが四人分の弾丸や鉄砲を持ち逃げして土匪の仲間入りをしていたのを捕まえて来たんだって。」
「愉快ね、軍曹が銃を持ってって土匪になるって、愉快ね。――面白いじゃないの、気みたいがいゝじゃないの。」
「たいがい、毎日、何か、乱が起るなア。」母は形だけの仏壇へ、燈明《とうみょう》をあげていた。その仏壇の下の抽出しは、第三号の、秘
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