な肉体も、極めて短時日の間に、毒素に侵されてしまった。
 工人の出入は、はげしかった。一人が這入って来ると、一人が追い出された。それが度々繰り返された。そのうちに、一人の採用によって、工場中の支那人が、恐怖と不安に真蒼になることに幹太郎は気がついた。
 それは、解雇されそうな、ヒヨ/\の老人や、睨まれている連中だけじゃなかった。どうしても工場になくてはならない熟練工や、いたいけない、七ツか八ツの少年工や少女工までが、蒼くなって、どんよりとした、悲しげな眼で、生殺与奪の権を握っている日本人をだまっておがむように見るのだった。
 賃銀支払は、幹太郎がいくら懸命に話したところで、内川や小山は容れるどころじゃなかった。
「君は青二才だが、チャンコロのように雄弁だね。」
 小山は、そばに内川がひかえているのを意識しながら、皮肉に、鼻のさきで笑った。
「賃銀は、こっちから、めぐんでやる金じゃないんですよ。」と幹太郎は、喧嘩をするつもりで云った。「支払うべき金ですよ。労働は一つの商品ですからね。買ったものの代金を払うのは当然じゃないですか。」
 いくら人情に訴えたところで、きくような彼等じゃなかった
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