だ!」小山は呶鳴った。
どうかした拍子に、田舎から、口を求めに出た男が、ひょっこりマッチ工場へ這入って来ることがある。
垢に汚れた布団を肩に引っかけ、がらくたの炊事道具を麻袋《マアタイ》になでこんで、そいつを手にさげたままやって来た。巡警は前以って、内川の云いつけでそんな奴は門内に這入らせた。幹太郎がそういう奴の相手になった。
内川は、幹太郎が支那語講座流の発音で話している間中、脇の方からその支那人を観察していた。
おとなしくって、若い、丸々と肥えて、いくらでも働かし得る、そういう奴かどうかによって採否を決した。
健康そうな、しかし、きれいではない、田舎出の若者が、一人採用される。と、その代りマッチ工場独特の骨壊疽《こつえそ》にかかった老人や、歯齦《はぐき》が腐って歯がすっかり抜け落ちてしまった勤続者や、たびたびの火傷《やけど》に指がただれ膿《う》んで、なりっぽのように、小さい物をつまみ上げることが出来ない女工が一人ずつ追い出されて行った。給料ぽッきりで。
栄養不良と、日光不足(朝四時から夜七時まで作業)にもってきて、世界各国で禁止されている、最も有毒な黄燐を使うため、健康
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