りあいの支那人からきかされると、
「なに、あいつは朝鮮人だよ。」
 と軽蔑しきった態度で答えた。
 ここでは、邦人達は、労働することと、※[#「やまいだれ+隠」、第4水準2−81−77]者となることを、国辱と思っていた。
 邦人達は、つい三丁先へ野菜ものを買いに行くのでも、洋車《くるま》にふんぞりかえって、そのくせ、苦力にやる車代はむちゃくちゃに値切りとばして乗りつけなければ、ならないものと心得ていた。
 落ちぶれた、日本人が、苦力達の仲間に這入って、筋肉労働を売っているとする、――そういう者も勿論あった。
 と、
「ふむ、あいつは朝鮮人だ!」
 洋車の上から、唾でも吐きかけぬばかりに軽蔑した。
 親爺の竹三郎は、その軽蔑を受ける人間の一人だった。
 彼は、煙槍《エンジャン》と、酒精《アルコール》ランプと、第三号がなければ生きて行かれなかった。彼は、一日に一度は必ず麻酔薬を吸わずにはいられなかった。体内から薬の気《け》が切れると、疼《うず》くような唸きにのた打った。それは、桶から、はね出した鯉のように、どうにもこうにも、我慢のしようがなかった。
 幹太郎は、その親爺が、見るからに好きに
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