室へ歩いた。大腿骨が砕けた黒岩は動けなかった。院庭から見える市街は荒廃し切っていた。踏み折られて泥にまみれた草は、それでも、又、頭を持ちあげようとしていた。アカシヤは、風にもかゝわらず、なお一層青々としていた。屍室には、看護婦や、患者や、兵士や、街の人々が、入口と窓の外に、黒山のようにたかっていた。五人の、犬にしゃぶられた遺骸を見ようとつまさきで立ちあがっている。
高取たちは、もう、暑さで腐爛していた。酸っぱい鼻もちのならぬ腐肉の匂いと、線香の煙がもつれあって、嗅覚を打った。どれが高取だか、那須だか、玉田だか分らない。白布で蔽うてあった。殺されたまゝ放任されていたのだ。捜索隊が行くまで、毛のむく/\した野犬どもが集って、舌なめずりをしながら、しゃぶっていたそうだ。
「あいつらの黒い手がこんなめにあわしくさったんだ!」山下が呟いた。「しかし、この肉体のどこから、俺等をうな[#「うな」に傍点]しに来たんだろう?」
山下が、いぶかしげにきいた[#「きいた」は底本では「きたい」]。
「そりゃ、何か分らん、俺れにゃ、どう説明していゝか分らないよ。」と木谷が云った。「しかし、奴等は、俺等の武器
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