馬力をかけさしているんじゃないか?」
 と、柿本は、ふいに、横から云った。
 担架卒は、ちょっと黙って不思議げに彼を見た。黒岩は、柿本だと知ると、口もとに、笑いのかげを浮べた。
「そうかもしれんて。」
「そうだよ、そうにきまっているよ! この数しれん負傷者は。――戦争は、隊長の功名心の競争場だよ。そういう風に出来ているんだ。それで支那兵は、徹底的に追ッぱらってしまうさ。俺れらは、隊長の踏み台にせられて手や脚を落すさ。ははは、隊長は隊長で、その功名心に、また、もうひとつ上からあおりをかけられているんだ。勲章というね。上にゃ、上があらア。」
「その一番下は俺らじゃないか。」
「うむ、その俺らの上にゃ、重い石が、三重も四重もにのっかっていら! 畜生!」
 のんきな軍医は、兵士の苦るしみや、わめきや、怺《こら》えきれなくなって手足をばた/\やるのが快よいものゝように、にこ/\しながら、平気で処置をつゞけていた。血糊でへばりついたシャツを鋏で切った。
「一将功成り、万卒倒る、か。」
 兵タイの不平を小耳にした彼は、詩吟の口調で、軽るく口ずさんだ。
 柿本は、その軍医の手あてを受けた。そして、白い
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