はまた、翻然と、狡猾な奥の手を出した。彼は、柿本から、五六歩身を引くと、
「さア、整列! 整列! 皆な銃を持って外へ出ろ!」
と叫びながら、寄宿舎から逃げるように駆け出してしまった。
「畜生! 将校の面さげて糞みたいな奴だ!」
兵士たちは、口々に、憤って罵った。
柿本は、少し、馬鹿で、大まかな高取のことを思った。あの竹を割ったような、愉快な奴が、どこへ行ったのだろう。馬鹿のようで、本当は、決して馬鹿じゃなかった。工人達に、真ッさきに接近して行き出したのも高取だった。そして工人と友達のように仲がよくなってしまった。日露戦争や、日清戦争には、兵士達は、命を投げ出した。今は、居留民の生命財産の保護に命をかけている。しかし、そのいずれもが、真赤な嘘である。それを、まッさきに云い出したのも高取だった。
「実際、俺等にゃ、支那人をやっつけることばかりしかやらせやしないじゃないか。」と高取は云った。そして、柿本に、親しげな、同感をよせる態度で普利門外のおばさんの家は、どうなったかと訊ねた。
その時、柿本には、まだ、おばが、文字通りに着のみ着のまゝでS銀行に避難して、五ツの娘は、殺されていた
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