高取なんぞ、どうしたんでありますか。一昨日から帰らないんであります。どこを探しても見つかりません。」
「なに、それを訊ねてどうするんだ! 木谷! お前、高取に何の用があるんだい?」
 急に、重藤中尉は、険しい眼に角を立てて声を荒だて木谷に詰めよってきた。木谷をも、また銃殺しかねない見幕だった。
「用があるさ。戦友がどうなったか気づかうのはあたりまえじゃないか!」傍で、中尉と木谷の応酬を見ていた柿本は、決意と憤怒を眉の間に現わしながら、ぬッと、銃を握って立ちあがった。
 巻脚絆を巻いたり、煙草を吸ったりしていた兵士たちも緊張した。向うの隅でも銃を取って立ちあがると、ガチッと遊底を鳴らして弾丸をこめる者があった。
「こら、柿本、そんなことをして何をするのだ?」と中尉は云った。
「何をしようと、云う必要はないだろう。」
 重藤中尉は正真正銘の、力と力との対立を見た。中尉は、一個小隊を指揮する力を持っているつもりだった。だが、今、彼は、一兵卒の柿本の銃の前に、一個の生物でしかなかった。ちょうど、一昨日、武器を取り上げた高取や、那須や、岡本などが、一個の弱い生物でしかなかったように。そこで、彼
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