がした。
 翌朝、高取と、那須と、岡本と、松下、玉田が帰っていないことが分った。誰れしも、不思議がりながら、口に出しては、何も云わなかった。眼と眼でものを云った。木谷と柿本が、病院の負傷者と屍室の屍体をしらべた。いない。夕方になった。まだ帰らない。翌々朝になった。まだ帰らない。交代した歩哨は、寝不足と夜露で蒼くなって、宿舎へ這入ってきた。消息がない。
 高取らの指揮者の、重藤中尉は、ひひ[#「ひひ」に傍点]猿に頬ッぺたをなめられたような顔をして、どこからか帰って来た。室の隅の木谷と柿本は、身に疵《きず》があるのに、強いてそれをかくして笑うような中尉の笑い方に目をとめた。
 木谷の直感は、その笑い方に、ぴたりとかたく結びついた。彼は、中尉の心の状態が手にとれるような気がした。
「どうだい、今日は、※[#「さんずい+欒」、第3水準1−87−35]源門《ラクゲンモン》の攻撃だぞ……。」
「そうですか。」
 木谷は、ご機嫌を取るように近づいてくる相手の疚《やま》しげな顔つきに、平気な、そッけない声で答えた。
「今日、お前らが、ウンときばればもう落ちてしまうんだぞ。」
「そうですか。――中尉殿!
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