、こんな日に限って負けるんだ。と考えた。無数の負傷者が出るんだ。大きなしくじりをやるんだ! 彼は顔をしかめた。
高取は、一番最後に、巻脚絆を巻き直して、靴を引きずり、整列に加わろうとしていた。彼は高取につめよった。横合いから、頬を殴りとばした。故意に、兵士達、皆んなに見えるところでやった。
「おい、高取、なまけるな!」
「……。」
「お前は、国のために働くのが嫌いなのか? そんな奴は謀叛《むほん》人だぞ。」そして、もう三ツぶん殴った。
「分ったか?」
「……。」
高取の眼は、眼窩からとび出して、前へ突進して来るように燃えていた。何のためにいきなりやられるのか訳が分らなかった。
中尉は、高取の眼が気に喰わなかった。ぷーンとした態度が満足できなかった。
「こらッ! 不真面目にすると、お前のためにならんぞ!」と、彼は呶鳴った。
「どうしたんでありますか。」
「こらッ! 高取やめろ!」彼は軍刀をガチャッと鳴らした。「俺れは、お前の腹の中を見すかして居るんだぞ。お前のやっとることは、何一ツ残らず知っとるんだぞ。お前は、自分で、何をやっとるかその恐ろしさを知らんのだ。」
「何も、やって居りは
前へ
次へ
全246ページ中227ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング