殺し合いをやる最下級の彼等は、殺すことが誰れのためだか、その判断がつかなくなるのだった。何者かに取ッつかれたようだった。
同胞の日本人が惨殺された。掠奪された。天井裏の板一枚まで剥ぎ取られた。と、彼等は、その現象だけを問題とした。そして、一人が殺されたその倍がえしをせずにいられない、憤怒と、情熱と、復仇心を感じた。
その憤怒と、その情熱と、その復仇心とが、いわゆる「敵」をやッつけるのに最も重要な要素となるのは、争われなかった。
この情熱によって、彼等は、市街戦で殺された日本人の約十五倍の支那人を血祭りにあげていた、屍体を蹴とばした。
何のために、それをやったか! 誰のためにそれをやったか!
三〇
翌々朝、六時。
大陸の焼けつくような一日は、既に始まっていた。
兵士たちは、マッチ工場の白楊材置場の片隅に整列した。
敏感な重藤中尉は、上官の直視を避けるような兵卒の眼つきに注意をとめた。動揺と、士気の沮喪と、いや/\ながら行動する煮え切らないものを彼は見た。前々から兵卒の間に醸《かも》されていた険悪な空気を彼は感じた。即座に、誰かゞ、かげにかくれて、何かやってい
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