った。――「子供の病人が壁に突きささった。そして、胸から血潮を吹いてガクガクっとその下に蹲《うずくま》った。そんなことをしてもいゝもんか! そんなことがあってもいゝもんか!」悔恨のようなものに苦るしめられた。「あの顔色の蒼い女は、口をあけて、何も知らずベッドの中でねむっていた。……毛布に三角の小さい孔があいた。そうしてあの女は、永久に醒《さ》めることなく眠っているだろう。……俺れの手はあの時顫えた。力が、腕から急に抜けてしまった! そうだ、俺れらは、あんなことまでさせられたのだ!」
 彼等は、隊伍を直して城門にむかった。攻城戦は既にたけなわになっていた。タラッ! タ、タ、タ、タ、タ、タッタ! 機関銃が城門の内と外から呼応して、迅く、つゞけさまにひゞき渡る。ちょっと、きれたかと思うと、また、ひゞく。榴弾が城壁で炸裂《さくれつ》していた。
 高取や、玉田や、松下などを見ると、彼等は、むッつりして、虫を喰ったような顔をしていた。訓練所出の、倉矢までが、浮かぬ顔で何か考えこんでいた。――「そうだ、あいつらも、みんな不愉快な記憶に心臓をしめつけられているのだ!」と柿本は思った。
 直接剣を握って
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