が白みかけたばかりだ。高さ四丈、幅七間、周囲三里の城壁を攻撃するのだ。リン[#「リン」に傍点]とした寒い中隊長の号令。目に見えぬ顔。重藤中尉は、軍刀を掴んで歩いた。鉄条網を丸めて、片方にのけた狭い出口から兵士たちの列伍は、電柱伝いに行進した。
路は、露で、しッとりとしていた。静まりかえっている。歩調の揃った靴の音ばかりが、ザックザックと暗い空へ吸い込まれて行った。S病院の西側には、低い力のこもった号令で、砲兵隊が、がちゃ/\車輛をゆるがして砲列を敷いていた。兵士たちは黙って進んだ。青みかかった雲は、東方からさしてくる赤い日の出に、薄紫色に染めぬかれて、ゆるやかに動いていた。明るくなる。
墜落した飛行機に棟を折られた民屋は、甲羅をへしゃがれた蟹のようにしゃがんでいた。兵士たちばかり。家に人気はない。草は人間に踏みにじられて姿も分らなくなっていた。
だん/\高取や、木谷や、那須などの顔がはっきり見分けられるようになってきた。でくの[#「でくの」に傍点]坊のように、銃をかつぎ、背に、飯盒をつけた背嚢を喰いつかせて歩いていた。
戦争の恐怖以外に柿本は、中ン条の小母が子供を殺され、家がす
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