て何だい! ごつげな、いい金モール服を着てやがって、どこの馬の骨だい!」
 山崎が通りかゝったのはこの歩哨線である。歩哨は、支那服の、支那くさい男を咎めた。
「止まれッ!」
 山崎は、自分の支那服を忘れて、すっかり日本人のいい気持になっていた。惨酷な情報で、群衆の熱情をあおり立てる、その沸騰する有様を、夢中に想像していた。話してやる! 知らしてやる!……そして、誰何されるのは、ほかの支那人だと感じた。そんなつもりだった。
「止まれッ!」
 まだ、彼は気がつかなかった。
 つゞいて銃声がした。
 五挺のピストルと、八千円の預金通帳を肌身につけて離さなかった山崎は、ぱたりひっくりかえった。
 くたばっちゃった。とうとう!

     二九

 飛行機がとんできた。
 市街の上空にさしかゝると、それは、糞をする鳥のように、続けさまに黒いかたまり[#「かたまり」に傍点]を落した。スーッと空中に線を引いてボーンと地響きがする。投下爆弾!
 三機である。くの字形に距離を置いてとんでくる。古巣のような、この街の上空に大きな円を描いて翔けめぐった。西端の上に来た。その中の一ツは、ポッと硝子だまのように
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