「どうです。景気はどうです?」
 ――陳は複雑な笑い方で山崎を見た。
「あゝ、そいつか、――そいつは、また今度だよ、このどさくさに、そこどころじゃねえんだ。」
「また今度? また今度?」陳は繰りかえした。「……何回でもそんなことが云えた義理じゃあるめえ!」一歩を山崎に詰めよった。誰の力で、アメリカの秘密を具体的に掴むことが出来たんだ! 誰の力で貴様が手柄を立てたんだ! その眼はそう云っているようだった。
「厄介な奴がついて来やがった!」と、山崎は考えた。
「いっそのこと、この、どさくさまぎれに、片つけッちまおうか。」
 彼は、歩き出した。
 陳はあとからついて来た。
 どこまでも、尾行のように、あとについてきた。館駅《コアンイチエ》街に出た。緯《ウイ》一|路《ル》へ曲る角にきた。山崎の右の手は、前後左右に眼をやったかと思うと、大褂児《タアコアル》のポケットに行った。
 次の瞬間、豆がはじけるような、ピストルの響きが巷に起った。殆んど同時に、陳長財の手元にもニッケル鍍金のものがピカッと光った。
 しかし陳は、引鉄《ひきがね》を引くひまがなかった。ピストルを持った手を壊れた屋根の方へさしあ
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