るものではない。敵を極悪《ごくあく》に宣伝しなければならない。第三者の同情を引かなければならない! 彼はこれをよく知っていた。……
 彼の友達の中津が、まッさきに、侵入して掠奪した家は、十王殿に、バラバラの空骸となって残っていた。これがきッかけとなったのは、彼にとって、もッけの幸いだった。乞食がそこへ這入っていた。第一回の掠奪の後、放りさがされて散らばっている、壊れ椅子や、アンペラや、柄が折れた娘の洋傘を盗み出していた。全く俺はこのきッかけをうまうまと利用したものだ。
「そうだ、これが猪川の家だっけ。」と彼は他人事のように呟いた。
「ここを南軍の奴等が掠奪したのが、戦争のもとになったんだ! そうだ。非は南軍にあるんだ!」
 この得手勝手な男はその前に立ち止った。壊れた厚い壁のかげで、乞食はこそこそやっていた。
「おい山崎さん!」
 耳に不快な記憶のある声が背後でした。
「ああ、陳先生《チンセンショ》!」
 ドキリとしたものを、山崎は取りつくろった。
 S大学へ学生に化けてしのびこんだ。それ以来、酬いを約束しながら、幾度かはぐらかして一元も渡さずにいる陳長財《チンチャンツァイ》だった。

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