ことを思った。紅い着物の娼婦達は、もう沢山というのに、なおも一ツずつの握り飯を強いられていた。
 ようよう、向うの人々の食った残りの飯が、櫃《ひつ》の底にちょっぴりまわって来た。一段下の別扱いをされたような腹立たしさがした。しかし、それを食い逃がしたら、又、いつ飯を食べられるかわからない。
 みんな、我れさきに、その飯をよごれた手に掴んで取りがちをした。それは悲惨ながき[#「がき」に傍点]のような有様だった。
 夕方、人々は、S銀行の宿舎へ、移れという命令をうけた。ここでは防ぎきれないからだ、と云う。
 すゞは、俊の手を、しっかりと握りしめた。弾丸があたらないように壁に添うて大通りへ出た。いつもはにぎやかな大通りが、がらんとして、犬の子一匹も通っていなかった。時々、銃声がぱッぱッぱときこえた。
「あれ見なさい! あれ……南軍め、沢山やられとる。」
 子供をおぶって、走せて行く、鬚の男が、馳せながら、郵便管理局の構内を指さした。
「何だろう?」
 すゞはちらっと、指さゝれた方へ顔を向けた。
 鉄条網を引っぱった柵の中に、武装解除をされた紺鼠の中山服の兵士達が、両手を後に縛られて、獣のよう
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