誰れか、外から門を叩く音がした。殺しに来た気がした。また床篦子の下へ這いこんで首をすくめた。
 荒々しい足音が近づいた。彼女達は呼吸《いき》をとめて耳を澄ました。
 馬貫之だ。
「あなたがた、ここにいては危いです。早く便所にかくれなさい。」――馬貫之は親切だった。
 便所へ逃げた。
 そこも、見つかり易かった。困った。もひとつ隣の支那人の家が、この便所にくッつこうとする、そこに隙間があった。俊は、夢中に、六尺の塀をよじのぼった。そして、その間にとびおりた。そこはよかった。すゞもあとからつづいてとびおりた。
 五六人の足音が、塀の向側でどやどやと椅子や箱を蹴散らしている。
 便所にも来る様子がした。塀がドシンと蹴られた。耳をすました。話声は支那語だ。中津だろうか南兵だろうか? どっちにしろ見つかれば殺されるか、裸体《はだか》に引きむかれるかだ。
 家と家の隙間は、反対側の小路に通じて開いていた。慌てゝ、白足袋|跣足《はだし》で、逃げて行く人かげが細い間からちらッと見えた。着剣のカーキ服が馳せて来る。何も考えるひまはなかった。その小路へとび出した。
 そして、人が走って行く方へ一目さんに
前へ 次へ
全246ページ中208ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング