カーキ服の兵士達は、着剣した銃をさげ、ばらばらとそのあとへ現われた。豆をはぜらすような、小銃の発射は、方々ではげしくなった。緯《ウイ》六|路《ル》へさしかゝると、俥夫は、おじけづいて、しりごみした。
「早くやれッ! 家へ帰ってみなきゃならんのだ!」
緯五路まできた。壁が厚い洋館の二階から発射される弾丸が、ヒウヒウと、街路の上をとび交うた。
兵士が走る。はだしで、シャツの前をはだけた日本人が走る。紅い繻子《しゅす》の、前髪の女が、ころげそうに走る。
そこから、緯三路まで、突ッきって行く。その間が、幹太郎自身も、危険だと感じずにいられなくなった。
「早くやらんか! なに、マゴ/\しているんだ!」
「旦那、いけましねえ。いのちあぶない。」
「かまわん! やれ、やれッ!」
しかし、苦力は、どうしても進まなくなった。
これは、彼の家の掠奪に引きつゞいて急激に起ったことだった。まさに崩れようとする家は、一本のくさび[#「くさび」に傍点]をはずしても、巨大な屋台骨が、一度に、バラ/\に崩壊してしまうものだ。喧嘩買いには、袖がちょっと触れるだけで十分だ。それが、結構云いがかりとなる。
中津
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