そのまゝに見えなかった。俊も、一郎もいなかった。
「どうしたんだ?」
中津は勝手を知っている部屋々々を急速に一巡した。身体だけで、何物も持たずに逃げ出したあとがあった。――「感づきやがったな! どっかへ、かくれたな。逃げだしやがった!」
暫らくうろ/\していた。自動車で待ちかねていた連中がどやどやと押しよせてきた。
掠奪や乱暴がすきな連中だった。
仏壇をはねかえした。抽出しをぬいた。中の快上快《クワイシャンクワイ》と、銅子児《トンズル》が、がらくたのように床の上になだれ落ちた。
体裁よく飾りつけられた屋内のさまざまなものが、片ッぱしからめちゃめちゃに放り出された。めぼしいものは、五人の手が、それを掴み取ると、慌てゝポケットへねじこんだ。
娘の掠奪がいつのまにか、家財の掠奪にかわっていた。
それも彼等には、非常に面白かった。
二七
幹太郎と、お母《ふくろ》は、病院から家へ帰ろうとした。洋車に乗った。
何処からともなく、小銃の音が五六発聞えた。
花火だと思った。
街を、剽悍《ひょうかん》な蒙古騎兵の一隊が南へ、砂煙を立てながら、風のように飛んで行く。
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