そのまゝに見えなかった。俊も、一郎もいなかった。
「どうしたんだ?」
 中津は勝手を知っている部屋々々を急速に一巡した。身体だけで、何物も持たずに逃げ出したあとがあった。――「感づきやがったな! どっかへ、かくれたな。逃げだしやがった!」
 暫らくうろ/\していた。自動車で待ちかねていた連中がどやどやと押しよせてきた。
 掠奪や乱暴がすきな連中だった。
 仏壇をはねかえした。抽出しをぬいた。中の快上快《クワイシャンクワイ》と、銅子児《トンズル》が、がらくたのように床の上になだれ落ちた。
 体裁よく飾りつけられた屋内のさまざまなものが、片ッぱしからめちゃめちゃに放り出された。めぼしいものは、五人の手が、それを掴み取ると、慌てゝポケットへねじこんだ。
 娘の掠奪がいつのまにか、家財の掠奪にかわっていた。
 それも彼等には、非常に面白かった。

     二七

 幹太郎と、お母《ふくろ》は、病院から家へ帰ろうとした。洋車に乗った。
 何処からともなく、小銃の音が五六発聞えた。
 花火だと思った。
 街を、剽悍《ひょうかん》な蒙古騎兵の一隊が南へ、砂煙を立てながら、風のように飛んで行く。
 
前へ 次へ
全246ページ中203ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング