、七|馬路《マル》で永※[#「糸+委」、第3水準1−90−11]門《インスイメン》の方面に曲り、日本軍の警備区域でもなく、南軍が散在している区域でもない、その中間の線を選んで迂廻した。中津は、洋車で十王殿《シワンテン》へ乗りつけた。
 おびき出した娘をかっさらッちまうのは、館駅街に於てやる。打合わせが済まされていた。
 中津は、洋車からおりた。一時間ばかり前に、飛ぶように這入って飛ぶように出てきた石畳の小路を、又とぶように歩いて行った。アカシヤの青葉が風にさらさらと鳴っていた。その下を、彼は進んだ。
 跛をひきながら、しかも、青年のように元気な足どりで。足が地につかぬものゝようだった。
 門はしまっていた。
 中津は、王錦華《ワンチンファ》を呼んだ。内部に人の気配がする。それだのに返事がなかった。また、彼は呼んだ。
 数言の強迫的な文句の後、かんぬき[#「かんぬき」に傍点]が、ガチッとはずされた。中に支那人のボーイがおずおずと立っていた。
「どうしたんだ!」
「はい。……いらっしゃいませ。」
「どうしたんだ?」
 屋内には、ついさきほどまで、ミシンをかけていたすゞが、縫いさしのドレスを
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