出したビラだ。学校の、漢文読本の漢本とも、またいくらかちがう。俊はなかなかそれが読めなかった。
「ま、待ってなさいよ。」
手で掴み取りに来る一郎を彼女は追いやった。玩具の犬をやる。
――国民政府は、この地方に限り、租税を全額免除する。……
一郎は、犬をほうった。そして、また手を拡げて掴みかかってくる。ビラは皺くちゃになる。俊はそれをのばして、またよんだ。
――張作霖、張宗昌、強盗、強姦、売国的………
ふと、一郎は、両手で彼女の手からビラを叩き落してしまった。紙はずた/\になった。まだ、よみさしである。
俊は、それが惜しいとは思わなかった。彼女は、何か考えていた。すゞは、一心に、ミシンに注意を集中している。針が急速に、規則的に上下する。縫目がジャリ/\と送られて行く。
「ちょっと、あの人、今日、何だか変におかしかったわよ。」
「なアに?」
すゞは空虚な返事だった。
「なにか、たくらみがありそうだったわよ、あの怒ったような眼で、じろ/\家ン中や、私達を見て行っただけじゃないわ。眼と、口もとの笑い方に、恐ろしい何かがあったわよ。」
「そうかしら。」
猫のような俊は、先日からの
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