中津の行動をいろ/\に思い起していた。恐ろしい何かの兆候が、二三日も四五日も前からあった。
「ちょっと! ちょっと!……」
 俊[#「俊」は底本では「俟」]はまた姉を呼んだ。……

 支那宿の東興桟《トウコウサン》の一室には、張宗昌の退却後、変装をして市街にとゞまっている中津の仲間が集っていた。四五人だ。荒っぽい、無茶な仕事が飯より好きな連中だった。せいの低いずんぐりした唐《タン》は素手で敵の歩哨に掴みかゝって、のど笛を喰い切り、銃と剣を奪ってくるような男だった。金持の娘や、細君を、人質にかっぱらった経験は、みんなが三回や、五回は持っていた。
 床篦子《チアンペイズ》、卓子《チオズ》、机子《ウーズ》、花模様の茶壺、旅行鞄、銀貨の山。
 中津は、何回となく空想で練り直した掠奪の計画を、実行する段になって、なお、心は迷っていた。いっそ、根本からよしてやろうか。孫娘を可愛がるように、可愛がるのはいゝことだ。その方がいゝかもしれん。こんなに迷うことは、嘗てなかった。が仲間には、それは、おくびにも出さなかった。ともかく実行方法を話した。仲間を三台の自動車に分けて乗らす、日本軍の守備区域を走る時に
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